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気候変動と科学と社会

〈書籍メモ〉アシモフ(1965:2010)化学の歴史 第3章と第4章

アイザック・アシモフ 著 , 玉虫 文一 翻訳 , 竹内 敬人 翻訳 (1965:2010) 化学の歴史. ちくま学芸文庫, 336 pp.

1章 古代

2章 錬金術

3章 転換期

4章 気体

5章 原子

6章 有機化学

7章 分子構造

8章 周期表

9章 物理化学

10章 合成有機化学

11章 無機化学

12章 電子

13章 核をもった原子

14章 核反応

 SF作家で生化学者でもあったアシモフによる化学史の入門書。原著は1965年に書かれているので、この本自体がところどころに当時の雰囲気を残す歴史的書物でもある。

以下は、本書の3章と4章の内容についてのメモ。3章と4章では、物質の状態の変化や性質を扱う学問である化学が定量的測定という近代科学の方法論を確立する転換期である17世紀から18世紀末のラヴォアジェによる理論体系の成立までを扱っている。

 

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・第3章 転換期

ニュートンによって完成を見た、天文学や運動論においてなされた定性的記述から定量的測定と数学的説明への転換が、物質の性質や変化を対象にする化学においておこったのは、科学者が空気を扱おうとした時だった。つかみどころがなく、捕まえておくことのできない空気は、科学者の研究の対象にはならないままでいた。

伝統的な元素説では、空気は万物を構成する4つの元素の一つであって、空気はただ1種類と考えられていた。17世紀、ファン・ヘルモントは、自ら実験によって蒸気を発生させ、その性質を調べる中で、この蒸気が空気と似ているものの、まったく同じふるまいを示すわけではないと気づいた。彼は、このように空気と異なる性質を持つ空気によく似たものを、ギリシャ語で混沌を意味する「カオスcaos」という言葉をフラマン語でつづった「ガスgas」という言葉で呼んだ。ファン・ヘルモントは自ら見つけた気体を「森のガス」と呼んだ。

17世紀半ば、科学者はだんだんと空気を扱う術を開発していった。トリチェリは水銀柱を使って、空気に重さがあることを示した。彼はこの原理を用いて、気圧計をつくった。ゲーリヒは空気ポンプを開発し、真空をつくりだすことに成功した。鉄でつくられた2つの半球のあいだの空気をポンプを使って追い出すと、馬の力でもこれら2つの半球を引き離すことは難しいということを、公開実験の形で観衆に示した*1。このような公開実験によって空気に関心を持ったボイルは、実験によって空気の容量が圧力に反比例することを見出し、1662年に発表した。これは現在ではボイルの法則として知られている。ボイルはこの関係が成り立つために温度が一定という条件を知っていながら明示しなかったが、1680年にボイルと独立にこの関係を発見したマリオットは、温度一定という条件を明示した。ゆえにヨーロッパでは、マリオットの法則とも呼ばれている。ボイルによる空気の研究は原子論者に影響を与えた。ボイルもまた、原子論者であった。

当時の化学者のおおきな関心事のひとつは、物の燃焼の規則を説明することだった。世の中には燃えるものと燃えないものがあるが、このちがいはどこからくるのだろうか?

ベッヒャーは、燃えるものには燃える性質を持つ何かを含んでいると考えて、それを「油性の土」と呼んだ。シュタールはベッヒャーの説を洗練させ、フロギストン理論を提唱した。シュタールは、物の燃焼をフロギストンという粒子の放出の過程だとした。木は燃えるが、燃えた後に残る灰は燃えることはない。シュタールはこれを、木はフロギストンを豊富に含み、燃焼によってフロギストンは木から出ていき、のこった灰はフロギストンを含まないから燃えないのだと説明した。木よりも灰の方が軽いこともこの理論を裏付けた。さらに、金属がさびるのも、物の燃焼と同じくフロギストンによる燃焼理論によって説明できると考えた。これによって、鉱石から金属を得るという、人間の営みに欠かせない現象をも説明することができた。つまり、鉱石と木炭をいっしょに熱することで金属と灰を生じる過程は、フロギストンに乏しい鉱石に木炭に多く含まれるフロギストンがうつることで、フロギストンを多く含む金属と、フロギストンに乏しい灰が残る。シュタールの燃焼理論においては、空気の役割は間接的なものだった。ここで空気はあるものから出たフロギストンを捕まえて他のものに渡す担体のような役割を果たすと考えられていた。

シュタールの燃焼理論は1780年までにはひろく受け入れられていたが、説明できない問題もあった。金属はさびると重くなるということはすでに1490年には錬金術師に知られていたことであるが、この現象を整合的に説明することができなかったのだ。フロギストンは負の重さをもっているのか?木の持つフロギストンと金属の持つフロギストンの2種類があるのか?

とはいえ、当時の化学者にとっては、重量のわずかな変化よりも、見た目や性質の変化を説明できることの方が重要視されており、このアノマリーは黙殺されていた。

 

・第4章 気体

化学者がそれまで研究の対象にしていたのは、鉱物や酸などの固体や液体だった。これらは扱いやすく、その性質や見た目の変化は科学者の興味を惹いたが、とりあつかうことのできない空気は関心の対象にはならなかったのだった。

生物学者のヘイルズは、いまでは水上置換と呼ばれている方法で、気体を閉じ込め、自由に集める技術を開発した。とはいえ、彼は集めた気体の性質を調べることはしなかった。最初に体系的に気体の性質を研究したのは、ブラックだった。ブラックは、石灰石を強熱すると生石灰と気体が得られること、この気体と石灰をともに閉じ込めると、ふたたびもとの石灰石になることを実験で示した。彼はこの気体を、「固定空気」*2と呼んだ。この発見は、空気が1種類ではないこと、また、空気が物から出ていくだけではなく、物と反応し変化させることができるのだということを意味していた。

さらにブラックは、固定空気のなかでは物が燃えないことを発見した。さらに、固定空気を吸収するものを入れて、固定空気を除いても、気体が残ることに気づいた。この気体も、物の燃焼を支えることができなかった。ブラックはこれを、弟子のラザフォードに伝えた。ラザフォードは、これをフロギストン理論で説明しようと考えた。瓶の中でろうそくを燃やすとフロギストンとともに固定空気が出る。固定空気を除くとフロギストンがのこる。瓶のなかの空気はフロギストンで飽和し、それ以上多くのフロギストンを含むことができないため、この気体の中では燃焼が起きない。ラザフォードはこの気体を、「フロギストン化空気」と呼んだ。 

この時期には、さまざまな種類の空気が発見された。キャベンディッシュは、酸が金属と反応したときに出る気体を研究した。彼は、この気体が空気よりも軽く、そして大変燃えやすいことを見出した。この性質から、キャベンディッシュはフロギストンを単離できたのではないかと考えていた。

牧師であったプリーストリは、ブラッグが固定空気と呼んだ気体を水上で集めているうちに、その一部が水に溶けることを発見した。そこで、気体が水に溶けないように、水銀上で捕集することにした。プリーストリはこの方法で、酸化窒素、アンモニア、塩化水素、二酸化硫黄などを分離することに成功した。気体の実験に水銀を使うことは、プリーストリに重要な発見をもたらした。水銀を空気中で加熱すると、金属灰ができる。この金属灰を加熱すると、水銀と、気体が発生する。この気体のなかでは、物が恐ろしくよく燃えることが分かった。プリーストリもフロギストン理論の信奉者で、この気体はフロギストンに乏しく、そのためこの気体のなかではフロギストンが出やすいと考えて、「脱フロギストン空気」と呼んだ。この気体こそ、今日酸素と呼ばれる気体であった。

18世紀終わり、さまざまな化学理論を統合する人物があらわれた。フランスのラヴォアジェは正確な測定の重要性を理解していた人物だった。彼もまた、当時重要な問題だった燃焼に興味を持った。彼は正確な秤量によって、燃焼は空気の一部(=酸素)が加えられる反応であることを明らかにした。彼の理論は燃焼をフロギストンなしで説明した。

ラヴォアジェの理論は、たんにシュタールのフロギストン燃焼理論をさかさまに言い換えたものにすぎなかったのだろうか?しかし、ラヴォアジェの理論は燃焼の際の重量変化を系統的に説明することができたのだ。ラヴォアジェの研究はのちに「質量保存の法則」としてまとめられ、知られるようになった。

ラヴォアジェはまた、生物の呼吸と空気の研究から、生命と燃焼を結びつけた。彼は数学者ラプラスとともに、動物が取り込む酸素の量と出す(いまでいうところの)二酸化炭素の量を測定したが、その量が合わないという結果を得た。同じころ、キャベンディッシュは自らが発見した例の可燃性気体の研究を続けていた。あるときこの気体を燃焼させてできた液体が水に他ならないことを発見した。この結果を知ったラヴォアジェはこの気体を「水素」と名付けた。水素と酸素が結びつくことで水ができるという新たな知見によって、呼吸の実験の謎も明らかになった。

1787年にラヴォアジェは、リンネによる生物分類を参考に、化学における論理的命名法を発表。1789年には『化学原論』を発表した。

ラヴォアジェらによって、フロギストンなどの思念的なものは化学者の研究の対象からは退けられ、測定できるもののみが興味の対象となった。ラヴォアジェは「近代化学の父」と呼ばれている。

 

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[関連する文献のメモ]

*1:「マグデブルグの半球」として知られている。

*2:二酸化炭素のこと。ファン・ヘルモントが「森のガス」と呼んだ気体もこれである。