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気候変動と科学と社会

〈メモ〉"Potential Study of the IPCC Process"について

先日Natureのwebサイトをブラウズしていて、とある記事(Tollefson 2013;Hulme and Mahony 2013)を見つけた。2013年10月17日付のTollefson 氏の記事は、その週に開かれたIPCCの第37回総会(2013年10月14-18日)にて、社会科学者によるIPCCへの参与観察の申し入れに対する審議を行うことになっているという内容だった。その後の経過について追ってみたことをまとめておく。

 

1. 背景

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は国連環境計画(UNEP)と国連の専門機関である世界気象機関(WMO) によって1988年に共同で設立された気候変動に関する科学的知見のアセスメントを行う政府間パネルである。そのおもな目的は気候変動に関する幅広い科学的な情報を評価しまとめて提供することだ。IPCCは政策に関係するが政策を規定しないという原則のもとに立っており、IPCCが作成する報告書は国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締結国会議(COP)で参考にされるが、IPCCが具体的な政策を提案することはない(とされている)。

IPCCはおもとして政策決定者への情報提供を行っているが、一般的な科学的助言機関とは異なる特徴も持つ。例えば、Yamineva (2014) によれば、IPCCのガバナンスモデルには次の5つの特徴がある*1

  1. 研究機関でも政策助言機関でもないこと
  2. 政府間パネル体制
  3. 地理的公平を考慮した代表性
  4. 原則として査読済み論文を対象にしたアセスメント
  5. 気候変動に関する包括的な学際性

このように独自の特徴を持つIPCCは科学-政治インターフェイスを研究する多くの社会科学研究者によって関心を持たれ、研究の対象とされてきた*2。多くの研究は公開された資料や独自のインタビュー等をもとにしてなされている。実際の執筆者同士の会議内容などは非公開とされており、執筆者にも内容によっては守秘義務があるらしい。社会科学研究者は詳細な研究のため、アセスメントプロセス内部への直接参加を求めてきた。

 

2. 参与観察の申し入れと経緯

記事(Tollefson 2013)によれば、最初にIPCCのアセスメントプロセス内部への参加の申し入れが行われたのは2010年だった。このときには Oppenheimer 氏らのチームとMichael Hulme 氏が申し入れを行っているが、Hulme 氏は降りたとされている*3Oppenheimer 氏らのチームは実行を希望したため、パネルにより検討されることになった。IPCCの第15回執行委員会(Exective Commitee;ExCom)、第17回執行委員会で協議され、第5期アセスメントサイクルはすでに進行中であることから、参与研究は次期の第6期アセスメントサイクルを対象にすることが勧告された。第37回総会でパネルとして検討されることになった。

 

3. 研究の内容

第15回執行委員会はOppenheimer 氏ら研究チームに研究の概要を提出することを求めた。その概要によれば、研究の目的は以下の5つである*4

  1. 科学に基づいた環境アセスメントにおける、組織的な枠組みを理解すること
  2. 計画から公刊までのアセスメント作成のプロセスを理解すること
  3. 執筆グループとアセスメント組織の複雑なカルチャーを分析すること
  4. 評価者がどのようにして専門家間のコンセンサス形成と対立を調整しているのか特徴づけること
  5. 主要な国際的アセスメントがいかにして重要な社会的問題に関する政策関連情報を政策決定者に提供するかについて、市民の理解に寄与すること

Oppenheimer 氏らの研究チームはすでに米国研究評議会(NRC)のアセスメントパネルの参与観察を実施しているという実績があり、IPCCへの参加研究はこのような研究の次のステージという位置づけのようだ。チームのメンバーには、地球科学、科学史科学哲学、人類学、オーラルヒストリー、民族誌の専門家が含まれている。研究では、第6期アセスメントサイクルにおいて、ひとつ以上のチャプターグループを対象に、現在公開されていない執筆者による会合に同席し、執筆者へのインタビューを行い、エスノグラフィーの手法を用いて調査・記録する。

Oppenheimer 氏らは概要のなかで、このプロジェクトを"Assessing assessments"と呼んでいる。

 

 4. 第37回総会(2013年10月14-18日)による決定事項

IPCCの文書では、この件は"Potential Study of the IPCC Process"と呼ばれているようだ。

IPCC第37回総会にて審議され、英国と南アフリカを共同議長とするワークグループを設立し、検討を行うことになった。その翌日の英国政府からの発表によれば、IPCCへの社会科学者の参加研究を認めることの是非についてはさらなる検討が必要であるとし、執行委員会が2014年のうちに専門家会合を開催することを提案したと報告している*5

総会では、社会科学者によるアセスメントプロセスの参与研究はIPCCの公開性と透明性を高めるのに寄与すると考えられる一方、外部からの参加を認めることによるアセスメントへの影響を懸念する声も上がった。

 

5. 今後の予定

第40回総会(2014年10月27日-31日)の準備資料*6によれば、第39回総会は、執行委員会が専門家を招いて専門家会合 (Expert Meeting on Studies of the IPCC Process) を開き、参加研究に関する原則・ガイドラインをまとめた報告書を作成するよう要請した。

執行委員会は専門家会合を準備するための科学運営委員会 (Scientific Steering Committee) を設立した。科学運営委員会は2014年10月6日にミーティングを開き、専門家会合のためのアジェンダを作成するとともに専門家会合の候補者リストを作成するための議論を行うようだ。

現在の予定では専門家会合は2015年2月に開催され、作成された報告書はIPCC第42回総会にて提出されることになっている。

 

科学運営委員会のメンバーは以下の通り*7

  • Shardul Agrawala, CLA, Working Group III (India)
  • Eduardo Calvo, Working Group II Vice-Chair (Peru)
  • Renate Christ, Secretary of the IPCC
  • Cathy Johnson, UK Government representative, Co-Chair of the contact group at IPCC-37 (United Kingdom)
  • Youba Sokona, Co-Chair Working Group III (Mali)
  • Naomi Oreskes, Harvard University (representing social scientists interested in conducting studies) (United States of America)
  • Jongikhaya Witi, South Africa Government representative, Co-Chair of the contact group at IPCC-37 (South Africa)
  • David Wratt, Working Group I Vice-Chair (New Zealand)

 研究チームからは科学史研究者の Naomi Oreskes 氏が参加することになっている。

 

参考文献:

  1. Earth Negotiations Bulletin Vol.12 No.582 [日本語訳版] 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第37回総会の概要 2013年 10月 20日

    http://www.iisd.ca/vol12/enb12582j.html

  2. Hulme,M. and Mahony,M. (2010) Climate change: what do we know about the IPCC? Progress in Physical Geography 34(5), 705-718
  3. Hulme,M. and Mahony,M. (2013) Climate panel is ripe for examination. Nature 502, p.624

    http://www.nature.com/nature/journal/v502/n7473/full/502624c.html

  4. IPCC (2013) IPCC-XXXVII/Doc. 17 (13.IX.2013) :OTHER BUSINESS Potential Study of the IPCC Process

  5. IPCC (2014) IPCC-XL/Doc. 10 (25.IX.2014) :PROGRESS REPORTS Preparations for the Expert Meeting on potential studies of the IPCC process

  6. Tollefson J. (2013) Study aims to put IPCC under a lens. Nature 502, p.281

    http://www.nature.com/news/study-aims-to-put-ipcc-under-a-lens-1.13947

  7. Yamineva, Yulia (2014) The governance of scientific assessment in the context of the Intergovernmental Panel on Climate Change : Lessons for international cooperation in science, technology and innovation. Discussion Paper / Deutsches Institut für Entwicklungspolitik.

IPCCの資料はwebサイトの Meeting Documentation で公開されている。

 

[関連する文献のメモ]


*1:Yamineva (2014) p.19

*2:最新ではないが、IPCCを対象にした社会科学的研究は Hulme and Mahony (2010) にてレビューされている。

*3:Hulme氏は自らの要望に対して"no"と言われたとしている(Hulme and Mahony 2013)。

*4:IPCC (2013) p.3

*5:Earth Negotiations Bulletin Vol.12 No.582  [日本語訳版] p.19

*6:IPCC(2014) p.1

*7:IPCC (2014) p.3