〈書籍メモ〉リヴィングストン(2014)科学の地理学 場所が問題になるとき
- デイヴィッド・リヴィングストン:著, 梶 雅範・山田 俊弘:訳 (2014) 科学の地理学 場所が問題になるとき. 法政大学出版局, 310 pp. ISBN978-4-588-37120-2 C1020
第1章 科学の地理学はあるか
第2章 現場――科学の発生地
第3章 地域――科学の諸文化
第4章 流通――科学の諸運動
第5章 科学をしかるべき場所に位置づける
2014年の6月に訳本が出た。底本は2003年に出た一般向けの入門書として出されたものらしい。
著者は「科学の地理学 geography of science」なるものを構想している。著者によれば、
実験がなされる場所、知識が生成される場所、調査がなされる土地が科学にとってどれほどの意義があるか決定しようと努めること (p.6)
を目的としているという。一般に科学という活動及びその結果である科学知識は普遍的なものとみなされている。普遍的とはつまり、それをだれがどこで行っても科学知識には無関係であるということだ。科学という営みから場所性は排除され、むしろ場所への依存性がないことが科学という営みの確実性を担保している要因の一つだと見なされている。
しかしすべての科学という営みにはそれがなされた場所がある。そこが実験室であれ、遠征先の船であれ、その場所特有のなんらかの特性が存在し、科学はそれに少なからず規定されていると考えるのは自然である。では科学の生産や消費にとってそれがなされる場所はどのような意味を持つのだろうか。このような問題に対する答えを著者は地理学と歴史学を用いて提示しようとする。
個人的に面白かったトピックのメモ。
科学の現場として、著者は博物館についても一節をかけて言及している。
そもそも博物館の起源は15世紀の国の宝物庫といわれている。その後のちに博物館とよばれるものの先駆けとなった宝物庫は回廊へとスタイルを変えていった。外部に開かれ、博物館は知的な社交場としての機能をもつようになった。
もともと博物館は物珍しい「物」を「集めて」「保管」するところだった。科学の現場としての博物館は、世界中から集められた多種多様なものをいかに分類し整理するか、ということを重視するようになる。収蔵物の展示は分類体系を反映したものである。博物館は自然をものの配置によって「再構成」した場であった。ゆえに、ときに博物館におけるものの空間的配置は、解釈者たる科学者・学芸員の頭の中そのものでもあり、学問的表明でもあった。
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ぼくが「科学の地理学」に興味を持ったのはそもそもある論文(Hulme and Mahony 2010)を呼んだのがきっかけだった。気候変動に関する知識はいまや政策に関連して重要視されている。それは(人為的)気候変動が国際社会によって考慮すべき問題として認識され、それに対する国際的な対応のためのエビデンスが必要とされているからだ。国際政治のためのエビデンスには十分な信頼性が必要になる。それには従来の科学的信頼性を超えて、政策決定者と専門家が共同で事実と確認できる仕組み(共同事実確認)が必要だ。そうしてできた知識評価の仕組みがIPCCだった。その意味でIPCCは純粋な科学的組織ではない。おもしろいことに、IPCCは地理的公平性の確保を重要視している。IPCCの指針によれば、IPCCの議長団(ビューロー)メンバーは地理的なバランスが考慮されて選ぶこととされているし、IPCCの最重要任務である評価報告書の作戦に関わる執筆者や査読編集者の選定にも地理的な考慮が必要であるとしている。これは端的に、IPCCの取り扱うべき知識が「従来の科学知識」とは異なる性質をも持っていることを示している。たとえば、評価報告書の評価対象である学術文献*1は先進国と呼ばれる国々によって「生産」されたものだ。IPCCにとっても、現実問題として、評価報告書の執筆者の地理的バイアス(つまり、先進国偏重)の解消は長年の課題になっている。
さらに、この本のなかで著者リヴィングストンも指摘しているように、科学知識の受容や消費はそれ自体ローカルな現象である。気候変動に関する知識はグローバルなものであるけれど、その受容や解釈、消費は社会的、文化的コンテクストによっても異なる。そしてそれは気候変動への対応に関する人々の意識の形成にも影響するだろうと考えられる。HulmeさんとMahonyさんは気候変動に関する知識の生産や消費の地理的側面に着目した「科学の地理学」的な研究の必要性を指摘している。
リヴィングストンによって本書で提示された「科学の地理学」は「科学がいかにして普遍的だと見なされるようになったか」についてのヒストリーでもある。これが単なる土地に注目した科学史で終わらず、「いま現在」生産され消費されている知識の地理的性質をいかにして明らかにするかがぼくの関心ごとであり、このような観点からも著者の提示する一つの例は大変興味深かった。
参考文献:
Hulme,M. and Mahony,M. (2010) Climate change: what do we know about the IPCC?. Progress in Physical Geography, 34(5): 705-718