read the atmosphere

気候変動と科学と社会

〈メモ〉SLCPとSLCFとNTCF

1. SLCPsってなに?

 Short-Lived Climate Pollutants の略です。日本語では短寿命気候汚染物質と呼ばれているようです。

大気中には大気全体の割合としては微量ながら気候に影響を与えている物質があって、一般には温室効果ガスが有名です。温室効果ガスの代表格は水蒸気と二酸化炭素ですが、(正味で)温室効果をもつ物質(ガスに限らない)はこれら以外にもいろいろあります。温室効果とは逆に、気候を(正味で)寒冷化させる効果を持つ物質もあります。これらの物質は大気中にとどまる期間がそれぞれ異なっていて、これは大気寿命と呼ばれたりします。人為起源温室効果ガスとしてよく言われる二酸化炭素の大気中での一般的な寿命は100年~*1ほどです。一方、大気寿命がそれほど長くないけれども気候に影響を与える物質もあり、それらの気候へ与える影響の時間スケールはたとえば二酸化炭素に比べれば短くなります。これらの総称がSLCPsとよばれているわけです。

 

 

2. で、なにがSLCPsなの?

The Climate and Clean Air Coalition はSLCPsとして、オゾン、ブラックカーボン、メタン、HFCsの4つを挙げてます。大気中のオゾンの大部分は成層圏に分布していますが、対流圏にも存在し、大気汚染物質のひとつで、高濃度の場合は人体への健康影響が懸念されます。またオゾンは温室効果をもつ気体でもあります。ブラックカーボン(BC)はすすのことです。黒い粉末状のエアロゾルであるBCは現在のところ、正味では温暖化へ寄与する物質であると考えられています。さらにいわゆるSPMなので、吸引による健康影響も懸念されています。HFCsは成層圏オゾン破壊物質であるCFCsの代替物質として開発され使用されていますが、強い温室効果を持つことで知られています。メタンも温室効果気体の一種で、人間のいろいろな活動の過程で多く排出されていると考えられています。

 

 

3. SLCFsってなに?

Short-Lived Climate Forcersの略です。日本語では短寿命気候強制力因子とか呼ばれます。

 

 

4. SLCPsとSLCFsはなにがちがうわけ?

ぶっちゃけ違わないです。該当する物質はおんなじです。ただ、CCACが挙げている4つのうちオゾンとブラックカーボンとメタンは大気汚染物質でもあるので、気候への影響も加味されて最近はSLCPsと呼ばれていると思われます。気候汚染物質というとせんせーしょなるな響きですが、学術論文の世界では、SLCFsのほうがよくつかわれているみたいです。国立環境研究所が発行するニュースレターの解説記事(2012年)によれば、

気候汚染物質という言葉は、気候を汚染する物質という意味ではなく、大気汚染物質の中でも気候を温暖化させる特性を強く備えたものに付けられた名称と言えます。
出典: 国立環境研究所ニュース Vol.31 No.5 p.8
とあります。SLCPsは一般向けのアウトリーチのなかでよく使われている印象があります*2
 
 
5. じゃあNTCFsってなに?

Near-Term Climate Forcersの略です。たぶん日本語では短期間的気候強制力因子です。なかみはSLCPsやSLCFsとおんなじです。NTCFsはIPCCの第1作業部会 第5次評価報告書(2013)の中で定義されて使われている用語です。

定義を比べてみましょう。

IPCCによるNTCFsの定義は

Near-term climate forcers (NTCF) refer to those compounds whose impact on climate occurs primarily within the first decade after their emission. 

出典:IPCC WG I, 2013: Annex III: Glossary p.1458 〔強調ママ〕

 

CCACによるSLCPsの定義は

Short-lived climate pollutants (SLCPs) are agents that have relatively short lifetime in the atmosphere - a few days to a few decades - and a warming influence on climate.

出典:The Climate and Clean Air Coalition web site

 

2010年のある学術論文によるSLCFsの定義は

Pollutants that contribute significantly to climate forcing, but over much smaller time scales than CO2, have been defined collectively as short-lived climate forcers (SLCFs).

出典: JJ Corbett, JJ Winebrake & EH Green (2010) p.207

 

まあほとんど変わりません。

 

 

6. SLCPsとかSLCFsとかNTCFsとかいろいろあってめんどくさくないですか?

実は言わなかったけどSLGPsもあります。Short-Lived Greenhouse Pollutantsの略で、短寿命温室効果汚染物質(?)です。

ためしにscopusで検索してみたところ、学術論文的にいちばん多く使われているのはSLGPで、該当する論文は107件、SLCF86件、SLCP28件、NTCF8件の順でした。

いちばん使われたのが早かったのはSLGPで、少なくとも2009年から使われているみたいです。SLGPとSLCFは2012年から、SLCPは2013年から急増しています。NTCFは2013年に初めてつかわれたようです。

scopusによれば論文の載ったジャーナルの分野の割合は、ほとんどの用語で1位2位はEnvironmental ScienceとEarth & Planetary Sciencesでした。Social Sciencesの割合が最も大きかったのはSLCP(25%)でしたが有意差はありませんでした。Medicineの割合が最も大きかったのはSLGP(41%)で、有意な差が見られました(有意水準5%)。

面白かったのは国別論文数で、SLCFを使っている論文ではNorwayが2位を占めていますが、それ以外ではNorwayの順位はかなり低いです*3。なぜかはわかりません。

 以上は簡易的な検索の結果なので、参考程度に考えてください。

 

7. なんでIPCCはNTCFs派なの?

IPCC評価報告書のなかでNTCFということばが使われたのは今回が初めてです。同様にSLCFsもSLCPsもこれまでのIPCC評価報告書には使われていません*4

IPCCの評価報告書のアセスメントプロセスには3回の外部的チェックが含まれています。最初に執筆者が最初のドラフト(原稿)を作成します。これは外部専門家によってチェックを受け、査読のコメントを受け付けます。これらのコメントをうけて、第2ドラフトが作成されます。今度は外部の専門家及び各国政府がドラフトをチェックしコメントをします。これらのコメントを受けて最終ドラフトが作成され、最終的には総会でSPMは一行ごとに承認(approrve)を、評価報告書本体は章ごとに受諾(accept)を受けて、正式に公刊されることになります。

IPCC  WG1 AR5でNTCFということばが用いられているのはChapter 8です。最初のドラフトではNTCFという言葉は全く使われず、SLCFsが使われていました(計24回)。一回目の査読では査読者からSLCFsを定義することが要求され、それに対して用語をNTCF*5に変更することが示されています。

 

Comment: Define SLCF (first use in chapter) [Pieter Aucamp, South Africa]

 

Responce: Accepted (SLCF will be NTFC; near term climate forcers)

出典:Expert Review Comments on the IPCC WGI AR5 First Order Draft Chapter 8 Page 36 of 119 〔ママ〕

 

第2ドラフトではChapter 8で使われたSLCFsの回数は大幅に減少し(1回のみ)、代わりにNTCFということばが初めてつかわれました(計20回)。しかし第2ドラフトの時点ではNTCFとSLCFが混在して使われたところがありました。2度目の査読では、査読者からNTCFはなじみがないからSLCFsを使うべきではないかというコメントがありましたが、WG1はNTCFsを使うことをすでに決めたと応じなかったようです。

 

Comment: Short-lived species might be a better term that NTCF. "SLCF" is a commonly used term to define these short-lived climate forcers. [Government of United States of America]

 

Responce: Rejected. It has been decided to use the term NTCF in AR5 WG1.

 出典:Expert and Government Review Comments on the IPCC WGI AR5 Second Order Draft – Chapter 8 Page 95 of 127 

 

Comment: Are NTCFs the same as shortlived climate forcers? The latter name is the one I am more familiar with. Perhaps at least either say that this is the same as a shortlived climate forcer, or describe how they are different. [Nathan Gillett, Canada]

 

Response: Accepted. We have added that NTCFs have sometimes been called SLCFs or SLCPs.

出典:Expert and Government Review Comments on the IPCC WGI AR5 Second Order Draft – Chapter 8 Page 28 of 127

 

 どうでもいいですが、こんなやりとりもありました。

 

Comment: What is NTCF [M Daniel Schwarzkopf, United States of America]

 

Response: Rejected. Defined earlier in chapter

出典:Expert and Government Review Comments on the IPCC WGI AR5 Second Order Draft – Chapter 8 Page 94 of 127

 

最終的に受諾されたAR5 WG1 Full Report chapter 8ではNTCFが統一的に使われ(計29回)、NTCFを定義しているBox 8.2のなかでSLCPsやSLCFsと同義語であるという説明がされています。

WG1としてはshort-lived の概念があいまいで、アセスメントの対象はあくまで気候影響なので、一回目の査読をうけて、第2ドラフト作成時点で、SLCFsを避けて、NTCFsを使う方針を決めたようです。

 

This set of compounds (...) has been sometimes referred to as short lived climate forcers or short-lived climate pollutants. However, the common property that is of greatest interest to a climate assessment is the timescale over which their impact on climate is felt. 

出典:IPCC WG I, 2013: Annex III: Glossary p.1458

 

 

8. なんでAR5からSLCFsやNTCFsがつかわれるようになったの?

わかりません(ぼくには)。

現在趣味的にゆるゆる調べているのですが、大気寿命の長い温室効果ガス削減の短期的な効用が疑問視されるなか、2010年あたりから、長寿命の温室効果ガス削減に並行した補助的な形で、SLCFsの削減に関心がもたれたことを受けたためではないかと思っています。SLCFsに関する研究がすすみ、SLCFsの削減は長期的な気候変化にはあまり寄与しないものの、30年-50年程度にかけての近未来的な気候変化を緩和する効果が期待できると考えられています。2011年にはWMO/UNEPがSLCFsに関係するアセスメントレポートを出しています。

最近では、大気汚染物質として健康影響への懸念もあるSLCFsを削減すると同時に気候影響要因を減らすという一石二鳥的な効用の考えかた Co-Benefit が提言されています。SLCFsを排出している国が途上国に多いこともこの動きに政策的な影響を与えているのではないかと推測しています。

SLCFsに言及している学術論文を引用分析なんかしてみれば、影響力のある論文が特定できるかもしれません。科学計量学ができる方はやってみてください(ぼくにもいつか結果を教えてください)。

 
9. どうしてこんなことしてるんですか?

細かいことが気になってしまう性分だからです。

 

参考文献:

IPCC (2013) Annex III: Glossary [Planton, S. (ed.)]. In: Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change

IPCC (2011) First Order Draft Chapter 8 IPCC WGI Fifth Assessment Report

IPCC (2012) Second Order Draft Chapter 8 IPCC WGI Fifth Assessment Report

Expert Review Comments on the IPCC WGI AR5 First Order Draft -- Chapter 8 

Expert and Government Review Comments on the IPCC WGI AR5 Second Order Draft – Chapter 8

国立環境研究所ニュース Vol.31 No.5

*1:一般に大気寿命を正確に決めるのは難しいのですが、二酸化炭素の大気寿命もかなり数値に幅があります。

*2:※あくまで印象です。要研究!

*3:いずれも1位は米国で、2位は英国であることが多い。

*4:メタンやBCやオゾンやHFCsは寿命の短い気候影響物質としてこれまでの評価報告書でも取り上げられてきました。あくまでもNTCFということばでまとめられたのは今回がはじめてだということです。

*5:引用部ではNTFCとなっていますがおそらく誤字と思われます