〈論文メモ〉Heymann(2009)Climate science – how did it come about?
- Matthias Heymann, 2009, Climate science – how did it come about?. in Mickey Gjerris, Christian Gamborg, Jørgen E. Olesen, Jakob Wolf (eds.), Earth on fire―Climate change from a philosophical and ethical perspective, pp.55-67.
1. Intro2. Features of classical climatology3. Technological change and conceptual shift4. The rise of climate change research
〈私の要約〉
著者は第1の問いの答えとして、科学による気候の概念と方法論の変遷を示唆する。著者は気候学を「古典気候学」と「現代気候学」に分ける。前者はアレクサンダー・フォン・フンボルトによる気候の定義なら始まる気候学の伝統で、彼によれば、気候は特定の場所と結びついていて、場所固有の異なる気候が存在するが、時間的には安定である大気現象の状態とみなされる。すなわち、古典気候学においては、気候は地理学的な特性をもち、時間に対して安定であり、気候学は場所固有の気象データを収集し、解析することで、その地理的条件に固有の気候の特徴を記述しようとしていた。一方、著者は古典気候学と対置させるかたちで、「現代気候学」という概念を提示する。現代気候学においては、気候とは異なる地球システムにより構成されたグローバルな状態であり、時間的に動的である。現代気候学では気候を物理法則に基づいて数学的に記述し計算により気候を理解することを試みる。
以上より、著者によると、気候学の歴史には、古典気候学と現代気候学という異なる気候の捉え方・方法論が存在し、これらの差異を明示すると次の三つになる。すなわち、(1)ある特定の場所固有の状態としての気候からグローバルな地球システムにより構成される気候への認識の変化。および、(2)時間的に安定な気候から、時間的に動的な気候への認識の変化。そして、(3)記述的な気候学から物理科学としての気候学への方法論の変化。
気候学の研究対象は歴史的に拡張されていく。より広くより多くのデータを集めるため、気候学は2次元的な拡張を目指し、フォン・ハンやケッペンは地球全体の気候分布を調べる仕事をした。その後気候学の対象は高層大気の観測へと向かった。著者はこれを大気の「第三次元の発見」と呼ぶ。初期は高層大気の観測は高所の観測所やバルーン、カイトなどによるものが主だったが、これらで得られるデータはかなり限られていた。高層大気に関する膨大なデータの取得を可能にしたのは20世紀初頭以降の飛行技術の著しい進歩だった。飛行機の開発は、飛行機による高層観測を可能にしただけではなく、軍事的・商業的理由から高層大気の詳細な情報の需要にもなった。 19世紀後半、気候学者は気候学を記述科学から物理科学を基にした学問へ転換しようと苦闘していた。物理科学を自認する気象学でさえ、物理科学としての体系を得ることは難航していた。ビヤークネスはいくつかのパラメータと方程式を用いることで、大気現象を数学的に表現することを試み、気象学を物理科学として強固にすることに成功した。気候学者も、気候学をこのような数理科学的な基礎に基づいた科学へ志向し、ここにそれまでの「古典気候学」と新たな気候学との統合が試みられた。しかしながら、著者によれば、この試みは失敗した。ゆえに気候学には地理学的な記述科学としての気候の捉え方と、物理科学的な気候の捉え方のふたつの概念が存在することになった。結局、地理学的な気候への認識は衰退していくことになる。
物理科学としての気象学が試みたのは方程式を解くことで将来の大気現象を予測すること、つまり数学的な気象予報だった。グラフィカルな手法を用いてこの問題に取り組もうとしたビヤークネスらベルゲン学派は結局、気象予報を実現できなかった。一方、イギリスのリチャードソンは近似的な数値解を計算で求めることでこの問題にアプローチした。結果的には失敗であったが、この試みはのちに電子計算機の発明と技術的進歩によりついに実現することになる。フォン・ノイマンのグループによって開発されたコンピュータの気象モデルは気象業務に応用され、気象予報の精度の向上が腹られるようになっていく一方で、ノーマン・フリップスは気象モデルを改造し、より長期間先の大気の状態―つまり長期的な気象と気候の状態を計算しようとした。このモデルはのちに大循環モデルGCMと呼ばれ、気候研究のための中心的なツールとなった。GCMという実験装置を用いることで、気候学は気候の長期的な変動について研究できるようになった。気候変動の原因に関するモデル研究は次第に大気圏だけでなく水圏や生物圏などを含む、地球システムという考え方によって、より包括的な学問領域として進展していった。
〈感想〉
〈論文メモ〉Edwards(2012)Entangled histories: Climate science and nuclear weapons research. - read the atmosphere :気候科学と冷戦期の核兵器研究の歴史的関係。
*1:Sebastian Grevsmühl, 2014, The Creation of Global Imaginaries: The Antarctic Ozone Hole and the Isoline Tradition in the Atmospheric Sciences, in Birgit Schneider and Thomas Nocke (eds.), Image Politics of Climate Change, Transcript Verlag, pp.29-53 以前紹介したこの論文で紹介されていました。HeymannさんはデンマークのAarhus大学で大気科学や気候科学の歴史を研究している方だそうです。
*2:Aarhus大学のHeymannさんのページ。http://pure.au.dk/portal/en/matthias.heymann@css.au.dk 改めて業績欄を見てみると原版であるデンマーク語版としてちゃんと載っていました。